お引っ越し。

シーン1 由比のアパート。平成11年5月
     
窓から入った光が部屋にいる河合由比を照らしている。     
由比のアパートには家具は全くなく、ある物と言えば小さなハンドバッグのみである。由比は一枚の写真をじーっと見続けている。    由比の目から一筋の涙がこぼれる。


シーン2 由比のアパート。平成 6年4月

由比が自分のアパートの台所に立って、野菜を切っている。フライパンは火の上に置かれている。由比の足下に三毛猫が来て、餌をねだるようにニャーと鳴く。

由比「(三毛猫を見下ろして)ノンちゃんちょっと待ってね。」

由比は切り終えた野菜をフライパンの中に入れる。台所の隅にノンちゃん用の平皿とキャットフードが置いてある。

由比「(しゃがんで、そのキャットフードをお皿に入れてノンちゃんに渡す)はい。お待たせ。」
由比「(ノンちゃんの頭をなでながら)そっかあ。君もお腹空いたよね。」
由比「(立ち上がって壁に掛けてある時計を見る)気が付いたら1時とは。我ながらよく寝たもんだ」

フライパンの中の野菜に塩コショウをふりかけてそれを長箸でかきまぜる。

由比「朝の仕事に慣れてるのにいきなり夜に回されたら、生活リズムが狂うよねえ。」

ドアが開いて、上杉勝利が入ってくる。袋を持っている。

勝利「ドア、開いてたから勝手に入ってきたぞ!」
勝利「(由比がおかずを作ってるのを見て)なんだ。まだ、食べてなかったのか?。」
由比「(フライパンを揺らしながら)そっ。昨日は夜勤だったから、さっきまで寝てた!」
勝利「(台所のドアをくぐってちゃぶ台の前に座る)見たよ。12時のニュース読んでただろ。昔はよく間違えてたから見てて心配だったけど、さすがに3年も経つと安心してみてられるな。うまくなったもんだ。」

由比「そりゃそうよ。ここまで来るまでに何度、舌をかんだことか。それよかもうご飯食べたの?」
勝利「もう二時だぞ。普通は食べ終わってるよ。でも、いい匂いしてるなあ。」
由比「良かったらいる?もう出来るよ。」
勝利「いや。さっきたくさん食べたから食えないよ。」
由比「(食べて欲しかったというように)そっかあ。(気持ちを切り替えて明るく)ま、いいや。ところで今日は突然どうしたの?」
勝利「実はついに買ってしまった。(嬉しそうに由比に袋からカメラを見せる)これ!」
由比「(フライパンの火を止めてカメラを見る)あ。カメラだ!。前から欲しいって言ってたヤツってそれ?」
勝利「(笑って)そっ。すごくいいやつ。」
由比「(野菜炒めを皿に移して、ご飯を茶碗によそう。)どこかに行って撮ろうか」
勝利「よし、ちょっと天気もいいし、たまには歩くか。」
由比「(ちゃぶ台に、出来た野菜炒めとご飯を運びながら)ちょっと、これだけ食べさせてよ」

ゴハンを食べ始める由比。ノンちゃんが勝利に寄ってきて、ニャーンと鳴く。

勝利「(ノンちゃんの頭を撫でながら)お前は挨拶するのを忘れないから立派だな。」
ノンちゃん「(勝利の顔を見上げて一鳴きする)」

由比「(食べながら)そりゃそうよ。飼い主が立派だモン。飼い主に似るわよ。」
勝利「(キズだらけの柱を見て)お。言うなあ。確かこの柱ってノンちゃんが爪研いだからこうなったんだったよな?(意地悪く笑って)そうか。これも由比に似たんだな。」

由比「(腹を立てたふりで)もぉーお!。それは最初の頃だけでしょ。今はこれを買ったからやってませんよ。(と柱の横に置いてある猫用の爪研ぎ用の板を見る)」
勝利「ん?。えらく綺麗な板だな。(板を見る。板は数本の爪痕が付いてるが柱よりよっぽど綺麗)ノンちゃんは柱の方がお気に入りみたいだな。」
由比「(苦笑して)やな事言うわねえ。あんまりぼろぼろだったから、昨日、買って来たのよ。その板。だから新品なの。」
勝利「ふーん(板からベッドに視線を移す。ベッドの足にも引っ掻きキズ。)」
由比「(ごはんを口の中にほおり込む。)」
勝利「(視線を由比に向けて)ベッドの足にも引っ掻いた後があるけど、それもノンちゃんなんだろ?。このベッドも大事なんだろ?。そのベッドを傷たらけの足にしたノンちゃんをよくそのまま飼っといたなあ。」
由比「そりゃそうよ。まあ、最初は怒ったけど、ノンちゃんの可愛さに負けたの。」
勝利「なるほど!。ベッドもペットも両方大事だったわけだ。」
由比「(少し吹き出す)(小声で)もしかしてそれを考えてたのかな。(普通の声で)そっ!。ベッドもノンちゃんも両方大事だよ。本当にノンちゃんが居なかった頃は、誰もいない家に帰って来るわけだから、その前は大家族に囲まれて住んでいた私にとってすごく寂しかった。でも、ノンちゃんは、私が帰ってくると、ちゃんと玄関で待っててくれるの。だから、ちっとも寂しいって思わなくなったからね。そんなワケでノンちゃんには感謝してるの。だから少々のわがままは聞いてやらなきゃね。んでもって、このベッドは私が生まれて初めて自分で選んで買った家具だし、それに、こっちに来て、すぐに買った物だから、こっちに来てからの思い出がいっぱいいっぱい、いっーぱい、詰まってるの。だから、このベッドは絶対に捨てちゃ行けない物なの。そういうわけで両方大事なのよ。でも、ベッドって、勝利もちっちゃい頃にあこがれって、あったでしょ?」
勝利「(ノンちゃんを抱いてベッドに寝ころぶ)そういや、そうだなあ。俺らの頃、ベッドっていうのは、外国にしか無いもんだと思ってたからな。たまに友達の所に行ってベッドなんてあると羨ましかったもんだ。」
由比「そっ。昔、私もすごく欲しくて、一度お父さんに頼んだ事があったけど、そんなのは畳の上で使う物じゃないって0,01秒で却下されたことがあったもん。だからそういう事もあってホントにベッドにあこがれてた。でも、本当に、さっきも言ったけど、このベッドには、もう、私のこっちに来てからの思い出が全部染み込んでるからね。このベッドとノンちゃんとは永久に別れたく無いの。」
勝利「(しみじみと)ふーん。」
由比「(食べ終わって箸を置いて)ごちそうさま。」
勝利「(いきなり起きあがって由比の顔を見る)でも、ノンちゃんってなんでノンちゃんっていう名前なんだ?」
由比「それはノンちゃんとの出会いにすべての謎が謎のまま隠されているのです。」
勝利「なんだそりゃ?」


シーン3 ペットショップ 平成3年7月。

店内には外国中から集められた由比が見た事もないような猫たちが檻の中にいてお客さんたちにニャーニャーと愛想を振りまいている。 由比も一匹の猫の檻の前にいる。

由比「(猫を見ながら)可愛い・・。けど、なんか、みんな上品で私のイメージと違うなあ。(落ち込んだ様子で出口を目指す)また来るか。」

そこへ由比とすれ違いざまにちょっと年を取った感じの女性が入ってくる。 その腕には三毛猫が抱かれている。 そして、別の若いカップルに説明をしていた店員を見つけて、急ぎ足で駆け寄る。 カップルに説明していた店員さんの肩を叩く。

女性「(三毛猫を見せて)ちょっと、この猫もらってくれませんか?」
店員「あ・・うち、こういう猫は扱ってないんですよ。」
女性「そこをなんとか、お願いです。ウチで飼ってたんですけど、今度マンションに引っ越しすることになって、飼え無くなっちゃったんですよ。お金で買ってくれって言ってるんじゃないんです。ちゃんとノンちゃんを可愛がってくれる飼い主を見つけて欲しいんですよ。」
店員「そうですか。でもねえ(困る)。」 カップルはその女性をあきれた風に見てその場を離れて店を出ていく。
女性「ここで断られたら、誰も貰ってくれる人いないし、捨てるか保健所に持っていくかしかないんですよ。本当にお願いします。」

三毛猫を見つめる店員。 そして天井を見上げて、またすぐに三毛猫を見る。

女性「(哀願する)駄目ですか?」

・・・・・間・・・・・・。

店員「(ため息をついてあきらめた風に)そこまで頼まれたら仕方ないですね。分かりました。もらいましょう。」
女性「(大喜びで)ありがとうございます。じゃあ、スミマセンけどお願いします。(猫のノンちゃんを店員に渡して)いい飼い主に飼われてね。」

お客さんは再び店員さんに礼を言って、店を出ていく。

由比「(その猫を見て)あ、私の欲しい猫だ。」

その店員に近づく由比。

由比「(いきなり大声で)すいません。ノンちゃんください!。」


シーン4 (元の由比の部屋:シーン2の続き)

勝利「なるほど。前の飼い主が付けた名前だから、なぜノンちゃんていう名前なのかは分からないから、謎のままなんだな。」
由比「(いつのまにか、食器洗いを終えて手をタオルで拭きながら)そっ!。さて、おまたせ。デートしようか。」


シーン5 住宅街。

暖かい日差しが二人を包んでいる。 平日の昼間と言う事で、ほとんど二人とすれ違う人はいない。買い物袋を下げた主婦らしき人が、一人すれ違った程度。

勝利「カラオケとかドライブじゃなくて、たまにはこういうデートもいいだろ。」
由比「(両手を広げてのびをしながら)ほーんとっ、なんだか気持ちいいねえ!。天気もいいし、カラオケで歌ってる時の気持ち良さと違った気持ち良さだね。」
勝利「由比はお転婆だから、昔は外に出てオトコみたいに遊んでたんだろ。」
由比「(いかにも自慢げに)そうよ。私はかけっこだって、野球とかサッカーとかだって、昔は男にも勝てたんだから!」。
勝利「そりゃあ、すごい。でも、なんだか今のお前を見てても分かるけどな。」
由比「それどういう意味よ。こんなに今は可愛いのに(ニッコリと笑顔を作ってポーズを決める)。」
勝利「(由比を見て写真を撮る)うん。確かに可愛い。でも、ヤンチャだよな。」
由比「ボーイッシュって言ってよね。でもなんだか、懐かしいなあ。昔はよく近所の公園で遊んでたんだよね。」

公園に着いて早速、ブランコやジャングルジムで遊ぶ由比。 その由比をカメラに撮る勝利。 公園は子供がサッカーが出来るぐらいの広さの運動場があり、サッカーボールが転がっている。その横に鉄棒、ブランコ、シーソーにジャングルジム、そして砂場があって、プラスチックのスコップとバケツが置きっぱなしになっている。

由比「(ジャングルジムの上から)ねえねえ。あそこにサッカーボールが落ちてるよ」
勝利「(グランドのサッカーボールを見て)よし、取ってこようか。」
由比「うん。取ってきて。(ジャングルジムから降りて来る)」

運動場に出て勝利からサッカーボールをもらって、蹴りながら走る由比。

由比「よーし、昔どうりだ。」

その由比のボールを後ろから簡単に取って抜き去っていく勝利。

勝利「(いたずらっぽく笑って)ほらほら、男より上手だったんだろ!」
由比「(怒った振りで)よーし、そっちがその気なら」

由比も負けじと勝利に向かっていく。 しかし、勝利は由比にボールを渡さない。そのままボールを蹴り続けてゴールにシュートした。ボールがネットに突き刺さって転がる。

由比「(その場に座り込んで)あーあ。くやしい!。でも、それより久しぶりに走ったら疲れたあ!。」
勝利はカメラを由比の顔に向ける。
勝利「久々に運動して疲れた所を取ってやるよ。はい!ポーズ!!」

由比はその声に反応して、カメラを見てVサイン。

勝利「(写真を撮る)由比はいつもVサインだな。」
由比「(ニッコリと笑いながら)なぜか、カメラを向けられると自然にVサインを作っちゃうのよねえ。これって、田舎者の証拠なのかも知れないなあ。」

シーン6 (夕方の公園)

遊び疲れてベンチに座り込んでる由比。ボーッとして天を見上げている。陽が随分と傾きかけている。少し離れた所からテーブルを運んでくる勝利。

由比「(勝利をちらっと見てすぐに空を見上げて)何してんの?。そんなの運んできて、重かったでしょ?。」
勝利「よく考えたら、まだ二人で撮ってなかったからな。これの上にカメラを置こうかと思って。(ボケーッとしている由比を見て)おい、大丈夫か?」
由比「(目をこすって勝利を見る)うん。大丈夫。ちょっと昔を思い出してたの。それよりワザワザ運んでこなくたって、言ってくれれば行ったのに。」
勝利「(テーブルを由比の数メートル先に置いて)ここの景色が良かったからな。それより、昔を思い出してたって男より運動神経が良かった頃か?」
由比「(ため息を付く)そう。今はダメだな。昔は運動会大好き少女だったのに・・。やっぱり大人になると女は男に適わないのかな。」
勝利「(カメラをテーブルに置いてファインダーを覗く)まあ、仕方ないよな。いくら男に強いと言っても、その中でも優秀な男と対戦したら、そりゃ、適わないさ。」
由比「(皮肉っぽく笑う)あれ?優秀な男って、もしかして勝利の事言ってんの?」
勝利「(セルフタイマーをセットして急いで由比の方に走ってくる)そうさ!」
由比「(ニッコリと微笑んでカメラを見て横に座った勝利の背中に腕を回す。)」
勝利「俺の事、大好きだろ?」
由比「(びっくりするが、なぜか素直に)うん。」

バシャ!。カメラのフラッシュが二人の顔を照らす。


シーン7 由比の部屋 平成10年7月。

由比はベッドに寝ころんで、手紙を見ている。
勝利の声「由比、元気にしてるか?。長い間、ほっといて悪かった。詳しい事は会って話すけど、今度ロンドンに行く事になった。**日の火曜日の夜8時の便で出発する。○×○空港のロビーで7時半まで待ってる。話がある。必ず来て欲しい。」

由比「(ため息をついて)本当に、長い間ほっときすぎだよ。」


シーン8  上杉勝利と待ち合わせをした日の 前日のある喫茶店の店内ー昼過ぎ。

昼過ぎという事で、スーツ姿の営業マンの姿が目立つ。 おのおのコーヒーを飲みながら新聞を広げたり漫画を見たりしている。 一つのテーブルを挟んで由比と後輩アナの武田信人が向き合って座っている。 この二人もコーヒーを飲んでいる。

武田信人「(カップを置いてにこやかに)由比さん、明日の火曜日仕事ないですよね。食事でも行きませんか?。僕も休みなんですよ。」 由比「(信人の言葉を軽くかわすように)今日、一緒に食べたからいいでしょ?。」
信人「(真面目な顔して)いえ。今日じゃなくて、一緒に由比さんとちゃんと食事がしたいんです。(俯いて由比から視線を外す)由比さんのことが好きなんです。。」
由比「(笑って)もっと、私なんかより可愛い子誘えばいいじゃないの。同期の洋子ちゃんとか、新人の由香ちゃんとか、あいちゃんとか。」
信人「(軽くため息を付く。由比の目をしかっりと見つめる)由比さんてどうして、今でもつきあってる人いないのに。(テーブルから乗り出して)由比さん!。それとも、もしかして誰かつきあってる人いるんですか?」
由比「(圧倒されて。)い・・いないわよ。」
信人「じゃあ、火曜日の7時。駅前の噴水前で待ってますから。絶対に来てくださいね。」

店を出ていく信人。

由比「(ため息をついて)はぁ〜あ。困ったヤツだ。」

残ったコーヒーを一気に飲み干す由比  

由比「好きなら、伝票、持っていって欲しかったなあ。その前に先輩におごらすかフツー。」


シーン9 翌日の火曜日の七時。空港のロビー。

由比が入っていくと、大勢の人の中に勝利がいる。 勝利も由比に気付き、お互いが歩み寄る。 勝利はスーツで身を固めて、旅行用のトランクを持っている。

勝利「よう!久しぶりだな。」
由比「(勝利に抱きついて涙を浮かべる。)なによお!ぜんぜんあれっきり、連絡もしてくれないし・・・、会社に電話したら辞めちゃったって言うし、もう、会えないんじゃないかと思って、心配したんだから!。」
勝利「(由比をしっかりと抱きしめて)まあ、いろいろとあったんだけど、その頃の話は今日は辞めとこう。」
由比「(涙を拭いて)うん。やめよう。」
勝利「で、由比は相変わらずヤンチャそうだなあ。」
由比「会社では大人の女を演じてるんだけどね。久々だよ。こんな自分に会うのはサ。」

スーツ姿の勝利をまじまじと見つめる由比。

勝利「なんだ。おかしいか?」
由比「(首を振って)ううん。全然、おかしくないよ。勝利、格好いいよ。」
勝利「由比も変わってない。相変わらず可愛い。」
由比「ありがとう。でも、あれ!。大人になったのに変わってなくは無いんじゃない?(と皮肉っぽく笑う)」

シーン10 公園で勝利と由比が遊んでから数日後 

平成6年5月。 由比の部屋。

ベッドに寝ている由比。 頭の側に置いてある電話が、すごい勢いで鳴りだす。 びっくりして飛び上がる由比。 急いで電話を取る。

由比「(眠たそうに)もしもし。」
勝利「今から会ってくれ。」
由比「誰?勝利?どうしたの?(いかにも眠たそうな声で)ゴメン。明日の朝、3時起きなの。4時出社だから。」
勝利「・・・・。」
由比「ゴメンね。明日の朝終わったら電話するよ。おやすみ!(受話器を置く)」
由比「(時間を見る。1時を表示している)あちゃあ!あと、2時間しかねむれんがね。」

布団に潜り込む由比。 しばらく経って、何かの気配を感じて起きる由比。
由比「(勝利の姿を見て驚く)あれ。来ないでって言ったのに。(勝利の様子がいつもと違うのに気が付いて)あれ。勝利、なんかあったの?」
勝利「(由比をにらみつけて、小さな声でつぶやくように言う)なんで俺と会いたくないんだ?」
由比「(勝利の始めてみる表情に戸惑いながら)明日の朝・・・あれ、もう今日だ。とにかく仕事早いから・・」
勝利「(さっきと打って変わって大声で叫ぶ!)そんなに仕事が大事かよっ!俺よりも仕事が大事かっ!」
由比に襲いかかる勝利。 由比「やだっ!どうしたの?一体。」 抵抗する由比。だが、勝利の張り手が飛ぶ。あきらめて大人しくする由比。 勝利は由比のパジャマを脱がそうと手をかける。
由比「(泣きながら)やだ・・・こんな利勝なんか・・・勝利じゃない・・・・私、初めてなのよ。」
勝利「うるさい!」

あきらめて勝利のなすがままに任せる由比。 由比の喘ぎ声ともしゃくり声とも分からない声が暗い部屋に響き続ける。 終わると勝利は、泣いている由比の方を見る。一旦、ドアを開けかけたが、また戻ってきて由比のアパートのスペアキーを置いて静かに部屋を出ていった。


シーン9 元の空港のロビー。 ロビーに置いてある椅子に二人は座っている。

由比「ほんとうに、するならちゃんと、やって欲しかったなあ。あの時の勝利、すごく怖かったもん。」
勝利「いや。実はあの日、正直に言うと俺、会社クビになったもんだからなあ・・・。(由比の肩をポンポンと二つ三つ叩いて)お前が仕事調子いいもんだから、悔しかったしな。あはは(笑ってごまかす)」
由比「そっか。勝利もいろんな事あったんだね。でも、私もあの日の事は今でも覚えてるけど、大変だったんだよ。ニュース原稿読むだけなのに本番で何度もトチッてサ。」
勝利「悪い悪い。でも、あの会社クビになったお陰で、こうやって、ロンドンまで取材に行けるんだからな。」
由比「それは、良かったね。前の会社に感謝しなきゃね。」
勝利「そうだな。人の運命なんて、どこでどうなるか解らないもんだ。それはそうと、お前、恋人とか出来たのか?。」
由比「いないよ。なんか、みんな大した男に見えなくてね。今日、会ってくれって言ってきた後輩アナがいたんだけど、約束無視して来ちゃった。まあ約束と言っても、ヤツが一方的に今日の7時に会ってくれって言って来たんだけどね。」
勝利「そうかあ。もてるんだな。由比は」
由比「ねえねえ。私の事より勝利はどうなのよ?」
勝利「見たとおり、見送りはお前しかいないだろ?(腕時計を見て)おっと、もう時間だ。いかないと」
由比「(立ち上がって伸びをしながら)今、再会したばかりなのにもう、別れか。」

勝利はすばやく由比を抱きしめて耳元で素早くささやく。そして、飛行機へ走って行ってしまう。 由比「(時が止まってしまったかのようにボーゼンとする)ケッコンしよう・・・ケッコンしよう・・・・ケッコン。えぇーっ!。結婚!」

シーン10 平成10年8月 空港で勝利と出会った数日後の由比の部屋。

ポストから郵便物を持って由比が入ってくる。

由比「(ダイレクトメールに混じって勝利の封筒が目に入る)あいつからだ。」
由比「(その封筒を見て嬉しそうに)やっと来たかあ。またまた忘れられたのかと思ったよ。」
由比「(封筒を破って手紙を取り出す)なになに?」

勝利の声「ごめん。結婚しようだけしか言えなくて。でも、ずっと由比の事が大好きだった。ずっと愛していた。あの時はつい一時の感情でしてはいけない事をしてしまったけど、すぐに、後悔していたんだ。あの時は仕事で大失敗をして、会社にすごく迷惑をかけてしまったんだ。君の前では会社が悪い風に言ってしまったけどクビになったのも自分のせいだ。まあそれは仕方ないとしても、君には本当に謝りたかったんだ。でも、君に合わせる顔がなくてそのまま時が過ぎていってしまった。 そして、その間に運良く昔からの夢だったスポーツ雑誌の記者に採用されて、今回はロンドンに向こうのサッカーの事をもっと学ぶために向こうに三か月間、滞在する事になった。まあ、何年も連絡無しなのにたった三カ月ぐらいロンドンに行くだけで連絡するのは、おかしいと思うかも知れないが、これをきっかけにしようと思った。とにかくロンドンに行けるというのは、僕にとって大事だから。まあ、あれから、もう何年か経ってる事だし、君も僕の事をとっくに忘れているかもしれない。だけど、僕は君の事をずっと、忘れられなかった。ずっと、あの事で君に謝りたかった。そして、もし、君も僕の事をまだ思っていてくれてるのだったらと思うと、余計に気になりだした。そしてついに手紙を出してしまった。もし、来てくれなければそれで自分を納得させようと思った。そして、もし空港に来てくれたら、プロポーズをしようと思ってた。だから、君の姿を見た時はすごく嬉しかった。結婚しよう。もし返事がNOなら、この手紙はこのまま破いてくれていい。 そして、もしYESならー、すぐに下の番号に電話して欲しい。それでは、いい返事を待ってるよ。」

由比「(半泣き状態で)ずーっと勝利のその言葉を待っていたんだ。この手紙であの時の事は許して上げるよ!」


シーン11 由比の部屋。平成11年5月 。

ベッドの上に由比が寝ている。

由比「ああーあ。この部屋とも今日でお別れかあ。こんなにこの部屋って広かったんだなあ。(ベッドの感触を確かめながら)もう、このベッドで寝る事も無いんだよね。」

ベッドを見る由比。所々に破れかけた部分があるし、しみも付いている。
由比「(ゴロンと一回転して天井を見上げる)。ノンちゃんは今、何してるかなあ。」

シーン12 新幹線の中 平成11年4月

ノンちゃんが入ったバスケットを膝に置いて外を眺めている由比。

由比「(バスケットの中に入ったノンちゃんを見て)良かったね。私がロンドンに行く事になって、唯一、君の事が心配だったけど叔母さんが飼ってくれる事になったんだよ。本当は絶対に別れたくなかったんだけど・・・ゴメンね。」
ノンちゃん「由比の顔を見てニャーと鳴く」
由比「(窓の外を見て)でも、お父さんとは会いたく無いなあ。お母さんが荷物取りに来た時に連れていってくれれば良かったのに。」


シーン13 由比の田舎。実家の前。

由比が実家のドアを見つめたまま動けないでいる。しばらく経ってからドアが開いて母ー河合光子が顔を出す。
光子「(由比を見て微笑むと)お帰り。」
由比「(小さな声で)ただいま。」
光子「由比。帰って来てたんだったら、遠慮しないで早く入んなさいよ。」
由比「ねえ。お父さん、まだ怒ってる?」
光子「もう、大丈夫よ。年も取って優しくなったし。」

こわごわと母に背中を押されて家に入ていく由比。

シーン14 台所のドアの外。

父、大吾朗の声と九州の叔母の話し声が聞こえる。
由比はまだ、父と会うのをためらっている。

光子「(娘を安心させるように)さっ。元気な娘の姿を見せて上げなさい。」
由比「うん。」


シーン15  台所。

父の姿を見て、元気良く挨拶する由比。

由比「お父さん!。ただいまあ!元気だった?」

久しぶりの娘を見て戸惑う父。
九州の叔母「由比ちゃん、こんにちは。」
由比「(叔母の方を向いて)こんにちは。お久しぶりです。」
大吾朗「あ・・おう!」
光子「父さんも元気だったよ。ホラホラ、久々に娘が帰ってきて嬉しいんだから、素直に言いなさいよ。」
大吾朗「ん・・・そうだな。由比は大人になったな。」
由比「(顔を下向けて)今までごめんなさい。」
大吾朗「いや。父さんこそ、お前の気持ちを無視して悪かった。だが、口ではあんな馬鹿な事を言ってしまったが、本当は都会に女一人で行くって聞いて、本当に、心配だったんだぞ。」
由比「(下を向いて)・・・うん。分かってる。」
大吾朗「だが、これまで無事にやってこれたみたいでホッとしたよ。」 由比・大吾朗「(お互い目を合わせる)・・・。」
光子「(親子のしんみりした雰囲気を茶化すように明るく)そんなに会いたいんだったら、破門なんて言わなきゃ良かったのにね。」
大吾朗「(光子をにらんで)おい!、せっかく良いムードを壊さんでくれ。」

みんながその一言に吹き出した。 お茶とお菓子を用意する光子。みんながお菓子を食べながらお茶をすすった。

大吾朗「(すっかりと普通の父になって)しかし、あの頃は頑固一徹だったからなあ。由比、本当に悪かった。」
由比「(すっかりと父に心をうち解けた様子で)嫌ねえ。ただ、私と離れて暮らすのが嫌だったんでしょ?」
叔母「(笑いながら)うんうん。よくある話よねえ。本当は離れて暮らしたくないだけなのに、変な言い訳使って、娘を止めようとして、その理由を責められて、思わず何言って良いのか分からなくなって、「破門だ!!」って叫んでしまって、そのまま引っ込められなくなるケースって言うのはねえ。」

大吾朗「(咳を一つして)まあ、昔の事だ。」
由比「もう!それなら、後でちゃんと言ってくれれば私も早く帰ってこれたのに。夏休み取っても実家に帰らなかったから、会社の人に「なぜ、由比は実家にかえらんの?」って聞かれて、返す言葉に苦労したんだからね。」
光子「まあまあ。せっかく仲良くなれたんだから、その話はナシにしましょ。」

出ていく大吾朗。

由比「お父さん!」
光子「まあ、恥ずかしいんでしょ。そっとしといてあげましょうよ。」
叔母「(思い出したように)そうそう。由比ちゃん。ノンちゃんは何処にいるの?」
由比「そうだ。玄関に置きっぱなしだ。」

走って取りに行く由比。 由比がノンちゃん入りバスケットをもって戻ってくる。

由比「(バスケットを開ける)じゃーん!」

にゃおうんとノンちゃん登場。 箱から出てくるなり、足でクビを掻き出す。

叔母「(ノンちゃんの頭をなでて)可愛い わねえ。由比ちゃん、本当に貰ってもいいの?」
由比「もちろん!。お願いします。」 光子「本当はうちで飼わなくちゃ行けないんでしょうけど、お父さんが駄目なのよね。動物って。」
叔母「へえ。意外な所に弱点を持ってるのね。(笑)」
由比「だから、私も悩んでたんですよ。もう私は飼えないから、他にもし飼ってくれる人いなかったらって思うと、本当に困ってたんです。どうもありがとうございます。」
叔母「こちらこそありがとうね。」
光子「そうそう。まだ、みつさんには言ってなかったけど、この子は結婚してロンドンに行くんですって。」
叔母「へえ。それはおめでとう!でも、ノンちゃんも一緒に連れていってやればどう?」
由比「それはそうしたかったんですけど、向こうでは、家賃を分担する為に知らない人と同居になるんだって。だから、ノンちゃんは連れてけないんです。」
光子「えっ。そうなの?。ロンドンて変な所なのね。」
由比「そ。私もびっくりしたけど、ロンドンではそれが当たり前なんだって。いろいろと日本と違う常識があるのよ。」
光子「(心配そうに)大丈夫なの?。そんな慣れない所へ行っても。」
由比「あいつがいるし、大丈夫。でも、そんなワケでノンちゃんは連れて行かれないのよ。だから、叔母さん、お願いします。ノンちゃんを可愛がってやってください。」
叔母「わかった。じゃあ、大切に飼わさせてもらうわね。」

シーン16   みんなで集まっての食事。

食卓には光子と叔母さんが作った昔懐かしい料理が載っている。 肉じゃがに、ブリの煮付け。それに味噌汁に味ご飯。そしてテーブルの中央に山ほど盛られたキャベツ。

由比「まだ、こんなにキャベツを食べ続けてるんだね。このキャベツの山盛りを見るとうちに帰ってきた実感がわいてくるよ。」
光子「野菜は大切な栄養素だからね。我が家はずーっと毎日キャベツは食べることにしてるのよ。それに今日は、動物蛋白質に魚の蛋白質、大豆に味噌。それとご飯。すべての栄養素があるから、今日の晩御飯はすごく贅沢なのよ。」
由比「へえ。子供の頃も、こんな感じのメニューが出てたけど、そんな事考えた事無かったなあ。」
大吾朗「そうじゃ。だから由比は好き嫌い無く育ったんじゃ。で、都会では何を食べとったんじゃ?」
由比「えーと。でも、私は和食をけっこう食べてたよ。近くに安くて美味しい食堂があったから、仕事行く前にそこで肉じゃがとかブリの煮付けとかも食べて仕事に行ってた。」
大吾朗「(残念そうに)なんだ。レトルト食品とかハンパーガーばかりっていうセリフを言ったら、思いっきり叱ってやろうと期待しとったのに。相変わらず、お前は父不幸なヤツだ。」
由比「(吹き出して)なによ。それ。」
光子「ほらほら、年を取ったら子供になるって言うけど、お父さんもそうなってきてるのよ。」
大吾朗「せめて丸くなってきたって言ってくれい。」
由比「(肉じゃがを食べて)でも、やっぱりお母さんの肉じゃがは最高!」
叔母「ゴメン。その肉じゃが私も作ったのよ。」
由比「(ズッコケて)うんん。叔母さんも私のお母さんみたいな物だからね。」
大吾朗「おっ!、気の利く事を言うようになったな。」
由比「本当に、そう思ってるんだってば。」

改めて久しぶりに会った父を見る由比。

シーン17。  昭和61年 高校生の由比が大吾朗の書斎にいる。

由比「私、今日この間から言ってた都会の大学へ行くの。だから許すと言ってよ。」
大吾朗「なんだ。まだ言っとるのか。前からワシは反対だと言っとるだろう。」
由比「行くもん。」
大吾朗「なに?。」
由比「私、お父さんに反対されても行くからね。」
大五朗「ああ、そうか。その変わり、もう二度とこの家に戻ってくるなよ。」
由比「いいよ。もう、私も二度とお父さんと話なんかしないんだから。」
大五朗「(額をひくひくさせて、大声で)そうか。じゃあ、破門だ。出て行け!」

父の書斎を飛び出す由比。 玄関に光子がいて優しく由比に話する。

光子「父さんの事は心配しないで。由比は一生懸命、自分の夢を追いなさい。」
由比「ありがとう。お母さん、じゃあ、行ってきます。」 走り出す由比。


シーン18 元の実家。 再びお茶の間。

テレビがついている。 由比はテレビを見て大吾朗は新聞を見ながらお茶を飲んでいる。
由比「(大吾朗の横に座ってじーっと大五朗の顔を見る)ねえ。」
大吾朗「なんだ?。」
由比「やっぱり、お父さん変わったね。」
大吾朗「そうか?」
由比「うん。優しくなった。」
大吾朗「(テレビを見ながらテレを隠すように)年を取ったからな。」

そこへ光子が入ってくる。 なぜか慌てて、離れる二人。

光子「叔母さんは、もう寝ちゃった。(何か二人のおかしいのに気が付いて)なになに?また昔の話をしてるの?」
由比「(あわてて)ううん。別にしてないよ。ねっ!お父さん!」
大吾朗「ん!、おう、そうそう、今テレビの話を聞いとったところだ。」
由比「(光子に)ねえ、お風呂わいてる?」 光子「わいてるわよ。」
由比「(立ち上がって)私、入ってくる。今日は、なんだか疲れちゃった。」
大吾朗「ゆっくり入れよ。」
由比「うん。」

シーン19 家の玄関。

光子、九州の叔母そして由比がいる。 ノンちゃんが叔母さんの足にすり寄っている。

由比「じゃ、行って来きます。」
光子「じゃ、行ってらっしゃい。」
由比「結婚式の日取りが決まったら、連絡するから、絶対にロンドンに来てね。」
光子「そうねえ。でも、お父さんが飛行機、嫌いだからね。」
由比「そうかあ。じゃあ、またこっちでも結婚式するよ。」
光子「いいよ。お金がかかるでしょ?。」
由比「ううん。アナウンサーって結構、お金持ちなんだよ。それに彼も名記者だから給料は高いから、お金持ち。」
光子「へえ。じゃあ、楽しみにしてわよ。」
由比「うん。(しゃがんでノンちゃんを撫でて)長い間、私と一緒に住んでくれてありがとう。元気でいてね。」
由比「(叔母さんに)じゃあ、ノンちゃんの事、よろしくお願いします。」
叔母「うん。分かってるわよ。ノンちゃんは私が面倒見るから心配しないでね。」
光子「(何かを思い出したように手を叩いて)そうそう。由比、ちょっと待ってて。」

そう言って、走って中に入っていく。 すぐに何かを持って戻ってくる。

光子「(竹笹の包みを由比の持ってるカバンに入れて)これ、途中で食べなさい。」
由比「あ。まだ、こんな竹笹あるの?。懐かしいなあ。」
光子「昨日の味ご飯をおにぎりにしてあるからね。」
由比「ありがとう。(玄関から部屋にいる父に聞こえるほど大きな声で叫ぶ)おとおさあん!行ってきまあす!」

その由比の行動に吹き出す叔母と光子。

由比「(2人の顔を見て元気よく)じゃあ、行ってきます。」 由比が50メートル歩いた所で光子が追いかけてきた。
光子「駅まで送ろうか?」
由比「(光子を見ずに歩きながら)ううん。大丈夫。」
光子「そう。じゃあ、また向こうに着いたら電話してね。」
由比「(泣き出しそうな声で)うん。」

走り出す由比。


シーン20 実家の近くの公園 

由比は一人公園を見ている。 すっかりと雑草や草が茂って公園を埋めている。 完全に錆び付いて、使えそうもないブランコや鉄棒がほったらかしになっている。

由比「(公園を見渡してため息を付く)あぁーあ。ここの公園て、こんなに小さかったのか。ここで、昔は遊んでたんだなあ。大勢のみんなと。(再びため息)ここも、もっと綺麗にしたらまた子供たちが集まるのに。なんでこんな姿のままにしておくんだろ。」

草むらと化した公園に入る由比。


シーン21 昭和53年 真新しい綺麗な公園。

大勢の子供たちが遊んでいる。 小学生の由比。そしてクラスメイトの武司、拓也、智宏が来る。 目当てのブランコの周りに子供たちがたくさん並んでいる。

由比「あーあ。またブランコできないね。」
拓也「(智宏の頭を叩いて)お前が遅かったからだぞ!」
智宏「・・・ごめん。」
武司「鬼ごっこ!、一番来るのが遅かった智宏が鬼!」
智宏「(嫌そうに)えー。」
由比「(智宏の言葉を無視して小石をひらって)じゃあ、この小石が地面に付いてから、鬼はスタートだからね。」

小石を上に投げる由比。 智宏以外、サーッと走り出す。 すぐに小石が下に付いて、智宏が由比を追っかけ始める。

由比「女の子を追っかけないで、男の子を追っかけなさいよ。」
智宏「ヤだよ。あいつら早いもん。」
由比「そう?、あたしはもっと早いよ。」

公園の中の人混みの間を素早く走り抜ける由比。 智宏は由比を追いかけるが、由比よりもこっちに気が付いてない拓也にタッチする。

智宏「拓也にタッチ!。拓也は100秒数えてスタート!」
拓也「(悔しがる)しまった。」 1から10を素早く言って、指を一本一本たたんでいく拓也。 由比はブランコが開くのが見えて、素早くその空いたブランコに飛び乗る。
由比「やったあ。」 百を数え終わった拓也はブランコにいる友達を見付けて駆け寄る。
拓也「(腹を立てて)ブランコ乗ってるんだったら、言えよ。」

由比たちはそのまま時間が過ぎるのを忘れたようにブランコを漕いでいる。 日が傾いて、それまで遊んでいた子供たちが家に帰っていって段々と少なくなっていく。だが由比たちは、広くなった公園で、暗くなるまで思い思いの道具で遊んでいた。

シーン22 元の公園

ベンチの上で由比が寝ている。 携帯の着信音が鳴る。 その音に起きる由比

由比「(眠たそうに目をこすって)あれ、いつのまに寝ちゃったんだろ。」

カバンの中から携帯を取り出す。

由比「もしもし。」
大吾朗「もう電車か?」
由比「あっ!お父さん、どうしてこの番号知ってるの?」
大吾朗「何言ってるんだ?昨日、お前が教えてくれたんじゃないか。」
由比「そうだっけか。寝ぼけてる・・。んで、なに?」
大吾朗「お前、ロンドンに行って結婚するんだって?。ワシは今お母さんから聞いてびっくりしたぞ。」
由比「(笑って)ゴメン!お父さんには言ってなかったね。(しかしすぐにあわてて)なになに?まさか、また反対するんじゃないでしょうねえ?」
大吾朗「そうだ!。」
由比「もう・・・やめてよ。またケンカするのはやだよ。」
大吾朗「ほらほら、そうやって人の話を最後まで聞かんから、ケンカになるんじゃ。」
由比「何よ?。それ。」
大吾朗「結婚式は一度で良いぞ。二回もするのはワシは反対じゃ。」
由比「(驚いて)えっ!」
大吾朗「だから、二回も結婚式を上げるのは勿体ないじゃろ。結婚式をする日と場所が決まったら教えてくれ!。ワシも一生に一度は飛行機に乗らんと後悔するからな。」
由比「(一瞬、言葉に詰まって)うん。お父さん、ありがとう。」
時計を見る。驚いて再び駅を目指して走り出す由比。


シーン23 平成11年3月下旬 PWC第2スタジオ。

河合由比のラジオ深夜番組 「カワイユイスターライトナイトラジオ」 生本番で、由比がマイクの前で、リスナー相手にしゃべっている。由比の座っているテーブルの横にパソコンとプリンターが置いてあり、自動的にリスナーから届いたFAXやEメールがプリントアウトされて、どんどん由比の手元に届いている。和気藹々のいろんなメールやFAXが届いている。

由比「ごめーん!と今日はみなさんに謝らないと行けないことがあります。もう、番組残り時間10分しかないこの時間帯に言って、みんな怒るかも知れませんねえ。シクシク (とここでは泣く振り)」
由比「実は、もうこの番組改編の時期だから、うすうす感づいてらっしゃる方もいるかも知れませんが、実は私、河合由比、この今日の番組でみなさんとお別れです。そして・・そして、この番組終了と同時にアナウンサーも卒業です!。本当は、この番組の冒頭で言うべき事だったんですけど、最後もいつもと同じ調子でやりたかったので、10分前、こんな時間まで発表を粘ってしまいました。どうも言うのが遅れてスミマセンでした。それでは一旦CMです。」

FAXを見る。 それまでの和気藹々の内容ががらりと変わって、由比と別れを惜しむFAXが届いている。

由比「(しみじみとつぶやく)リスナーの人っていい人ばかりだなあ。」 CMが終わってディレクターのQのサイン。 由比は喋りかけたが、リスナーのFAXに混じって武田信人のFAXが流れて来るのが目に付いてしまった。

信人の声「由比さんの事は、あきらめました。僕は今日はずーっと家で由比さんの放送を聞いています。僕は出社時間が由比さんと違いますから会社行っても会えませんけど、ここで最後の僕の言葉を聞いてください。由比さん、長いアナウンサー生活ご苦労様でした。 そして、お世話をして下さって、ありがとうございました。ロンドンに行って、素敵な旦那様と幸せになってください。では、さようなら。    PEN-NAMEタケノブ」

由比「ゴメン!。今、少し間が空いちゃいましたね。もう、本当にたくさんのFAXみなさんありがとうございます。今日が私の最後の番組って言うのに初めて出すっていう人もいますね。タケノブくん。ありがとうございます。絶対に幸せになります。それから最後までわざと間違えてたんですねえ。ペクさん。この方はいつも、番組始まった当初から「カワユイさん、こんばんわ」って言い続けてくれてたんですけど、それってワザと私の気を引かせるためだったんですね。早く恋人出来ると良いですね。(だんだん涙声で)もう、初めてこの番組をやらさせていただいたのが、3年前。最初は失敗ばかりして、みなさんから暖かいメッセージで救ってくれて、助かりました。でも、それは最後の今日まで変わりませんでしたね。あーあ。ホントは涙声って聞かせたくなかったんですけど・・・」

スタジオに武田信人が花束を抱えて入ってくる。 びっくりする由比。

ディレクター「(由比に悪いなあと思いつつ)武田君がどうしてもやりたいっていうからねえ。」
由比「(完全に泣き声で)ゴメン。また、間が空いちゃいました。でも、ずるいよお。なんで、家にいるはずなのに、武田君がここにいるのよ。スミマセン。ラジオだからみんなには解らないですよね。どうして家にいるハズって言ったかと申しますと、今さっき読んだタケノブさんて武田信人アナのFAXだったんですけど、でも、そこに・・(しゃくり上げて後が続かない)。」
武田(マイクの前に座って)「えー。そうです。みなさん、こんばんは。武田信人です。来週からこの時間帯僕がやりますのでよろしくお願いします。まあそんなことに時間取らないで、何があったのかを説明すると、早い話が私が家から感動の手紙を河合アナにFAXで送ったハズなのに、ここで花束を持って現れたから、先輩がボロ泣きになっちゃったんですね。」
由比「(泣き笑いで)ハイ。本当にたくましい後輩を持って、安心してPWCを辞めることが出来ます。みなさん、本当に長い間ありがとうございました。スミマセンせっかくたくさんのFAX頂いたんですが読む時間がないんで、今日のFAXは家に持って帰って宝物にします。では、みなさん今まで応援してくれてありがとう。そしてさようなら!」


シーン24 由比の部屋。平成11年5月

ベッドと小さいハンドバッグがあるのみ。 そのただ一つ残ったベッドの上に由比が寝ている。

由比「あーあ。この部屋とも今日でお別れか。こんなにこの部屋って広かったんだね。」

ベッドを見る由比。所々に破れかけた部分やしみが付いている。

由比「最初の日からから最後の日まで、私の都会での生活を支えてくれてありがとね。」

ピンポーンとドアベルが鳴る。

由比「(立ち上がって部屋を出ていく)はあい!」 と出ていく。

市役所の粗大ゴミ収集課のオジサンが二人立っている。
オジサンB「こんにちは。ベッドを引き取りに来ました。」
由比「じゃあ、お願いします。」 オジサン二人が部屋に入ってきて、ベッドを調べる。
オジサンB「これ、どこからこの部屋に入れたんですかね?」
由比「ここの窓からです。」
オジサンA「そうか。なるほどね」 オジサンたちは窓を外している。

由比はまだその間もベッドを見ている。 窓枠を外したオジサンが今度はベッドに取りかかる。
由比「(小さな声で)あのベッドが重たくなって、持ち上げられなくなったらいいのに。」

しかしベッドは、二人係でつると持ち上がって、トラックの荷台に積まれた。

オジサンB「ところで、由比さん、ご結婚おめでとうございます。」
由比「(びっくりして)あ、はい。ありがとうございます。知っててくれたんですね。」
オジサンA「聞いてたよ。あの最後の放送。なんだか感動しちまって、最後に会えて良かったよ。」
オジサンB「荷物は、あっ!そっか。もう宅急便で先に送ったんですね。」
由比「そうです。向こうまでハンドバッグ一つで行きます。(頭を下げて)どうもありがとうございました。」

トラックに乗り込む二人のオジサン。 エンジン音がかかる。 そして窓が開く。

オジサンA.B「じゃあ、元気でなあ!」

走り出す軽トラック。

由比「(大声で叫ぶ)ありがとうございました。」

遠ざかる荷台にベッドが乗っている。 だんだん小さくなっていく。 ずーっとそれを見続ける由比。 ベッドが見えなくなったとたんに自分の部屋に駆け込む由比。そして、思いっきり泣き叫ぶ由比。

由比「あのベッドもノンちゃんも絶対に、絶対に最後まで一緒に暮らし続けるって言ってたのに・・・。イヤだよ・・・。なんで、なんで、勝利なんか・・・。何年も待たされてるのに・・・、なんで、そんなヤツの言うことを信じちゃうんだよ・・・。好きなままでいられるんだよ・・。そんなヤツと、この街での暮らしで積み上げてきた財産と、どっちが大切なんだよ。アナウンサーになるのだって、昔からの夢で、それが叶って、一生の仕事だって言ってきたのに・・なんで、簡単に辞めれちゃうんだよ。(畳に何度も拳を振り下ろして)バカだよ。由比は・・。由比の・・・いや、勝利のバカやろー」

突然、大きなくしゃみをする由比。一回、二回、そして三回。そしてハンドバッグから写真を取り出した。 写真には公園のベンチで勝利が由比の肩に手を回して座っている所が写っている。

勝利の声「俺が大好きだろ」。

由比「(手で涙を拭ぐう)そうだね。私は勝利が大好き。だから、今更、そんな事を言っても仕方ない。もう、決めちゃったんだ。私は私。何処へ行っても、今までの私でいる。大丈夫。この大都会でも一人で、やってこれたんだもん。この街のみんなと別れるのはつらいけど、会いたくなったら、またいつでも帰ってこられる。ましてや、向こうにはあいつがいる。私がたった一度愛して愛し続けたあいつがついててくれるんだ。ちょっと頼りない所もあるけど不安なんて一つもない。向こうの世界には今まで以上の私がいるんだ。」

そして、立ち上がって窓を開けて外に向かって力一杯、叫んだ。

由比「よーし!新しい世界に飛び込んで新しい私に出会ってくるぞ!」

ハンドバッグを持って、笑顔でアパートを出ていく由比。